苔の私
 2005.11.1〜2005.12.30.

<苔の私>

     

-1-

いい天気だ。もう青空がいっぱい広がって眩い。保育園児の集団が、保母さんに引率されてわいわいがやがや騒ぎながら通り過ぎていく。
苔の私は、憮然と立ち尽くす。太陽が眩しい。目の皮膚をやられたのかも知れない。クラクラと目眩がする。
ああ〜太陽!ああ〜光!苔の私は、太陽の光を浴びながら、光の届かない暗い地下へと潜っていくのだ。

     

向こうから自転車に跨った女子学生がやってくる。苔の私は、女子学生の膝に注視する。ペダルをこぐ足の膝が上下に動いている。苔の私の興味は、露出した膝とチラチラ見える太腿。それ以上には何も無い。元気溌剌の女子学生は、颯爽と自転車に跨いだまますれ違っていった。

箪笥の引き出しを開けると、樟脳のすえた匂いがした。幼かった苔の私は、箪笥の引き出しに仕舞われていた本を手に取った。女が縛られて座っている絵があった。文字はまだ平仮名と簡単な漢字しか読めなかった。小さい活字の詰まった本の要所要所に女が縛られている絵があった。

苔の私の記憶の底から、薄暗い裸電球が灯った中二階、和箪笥の引き出しにあった赤い表紙の本が、よみがえってくるのだった。
裸の女は、手を後ろに括られ、太腿を括った紐が首をとおって背中の手首に括られていた。中腰になった裸の女は、苦しさに喘いでいる様子だ。お乳が紐で搾られ、突き出ている。苔の私は、母の乳房を貪る赤子になっていく。

お腹が空くと、苔の私は鳴いた。そうすると母は、服の中から乳房を取り出して、苔の私に吸わせた。苔の私は、もうむしゃぶりついて、キュツキュツと吸い出すのだ。
「まあ、この子ったら、そんなにきつく吸ったら、ああ〜痛い!」
母は、それでも空腹を満たそうとしている赤子を、可愛がるのだ。
「良い子だね、お乳をタップリ飲んで、はよ〜大きなって、立派になりや〜!」
母は、赤子に未来を託す。

-2-

赤い和服を着た女。苔の私は、その姿を見るたびに母を想いおこす。母はいつも赤いべべ着ていたからだ。幼心に染み付いた色のイメージは、大人になっても虜にしてしまう。
きちっと着こなした和服の女。そそ姿が乱れていくことを夢想する。帯が外され、腰巻が取られ、そうして柔肌が見え出すと、もう居ても立ってもいられなくなる。ゾクゾクとしてくるのだ。寒気といってもよい感覚だ。

     

遠い昔の恋。初恋は地獄のようだった。寒い日の夜だった。嵐電のとある駅で落ち合った。
「わたし汚れてるの、だから忘れて・・・」
そういう言葉だったと、ふっと思い出す。あの寒々とした夜の駅だ。苔の私の記憶は、凍てついて死にそうだった。

箪笥に仕舞いこまれた雑誌を見た。縛られた女が描かれた絵。モノクロの線描画だった。中二階の薄暗い部屋で、苔の私は、その絵を見ながら、オナニーをする。射精するときの快感。腹の奥から突き刺す痛み。この痛みが心地よかった。自分の手でペニスをしごくとき、いろいろと妄想する。大人の女のからだを夢想する。

女体解剖図の載った医学書があった。性交の仕組みが説かれた書籍だったように思う。膣の構造やペニスの構造が解剖されて図解されていた。生を見る由もなかったけれど、ペニスのことは判る。女の持ち物、膣はわからない。絵で見るしかない。確かに医学書だった。戦後まもなく出版された書籍だったと思われる。

男は女の裸体を夢想し、女は男の裸体を夢想するのでありましょう、ね。そのように仕組まれた遺伝子で、生性を営んで成長していくのでしょう、ね。


-3-

肉体が衰退していくのと、妄想が盛隆していくのとが反比例していくようになる。
若いとき、夢中で膣の中を掻きまわしたちんぽが、体力消耗に耐えられなくなるに従って、ちんぽに代わる道具を使いたくなってきた。
縄もその道具のひとつ。バイブもその道具のひとつ。ちんぽの威力だけで、彼女を喜悦に鳴かせられた若い肉体も、衰えだすと見て喜ぶようになってきた。
セックスするのに、余裕が出来てきたといえばいいのかも知れない。円熟していく精神を、ここに見ることができる。

     

苔の私、二十歳を過ぎて童貞を捨てた。彼女もそのとき処女を捨てた。未経験者の二つの肉体が、組み込まれ結合したとき、直ぐに果ててしまった。
蒸し暑い夜だった。地面を這いつくばっていることが、もうべっとり汗で、行き先を失った苔の私だった。
デモに明け暮れる巷の光景に、女の子とのセックスが絡まって、それは遅まきの青春だったのかも知れない。

二時間800円のホテルで、交情を重ねた後の別れは、空しかった。電車のターミナルで別れていた日々は、次第に夜を共にするようになった。彼女の三畳間の部屋で、セックスに勤しんだ。若い肉体は、何度も射精し、そのうち空打ちとなっても、まだ結合し続けていた。

通っていた大学の会館が封鎖されたけれど、苔の私は封鎖された会館の中には這入らなかった。どちらかといえば遠巻きに見ていたようにも思う。1969.1、東京大学の安田講堂が封鎖され、機動隊との攻防をテレビで見ていた。
苔の私が東京へ出ていったのは、その年の春だ。東京大学の前にあった出版社に就職が決まったのだった。惨めな心だったと記憶している。何が原因しているのかわからないままだけど、惨めで恍惚していた。

-4-

自殺する人が多いですね。いまは立ち直っていますけれど、死を思うときって、陰惨、悲惨ですよね。
意識は浮遊していて、怖さとかもうありませんね。街中を徘徊していても、頭の中は別のこと考えてる。目の前に起こっていることが、虚ろに見える。
地下鉄って、けっこう駅構内で電車の軋む音が響くじゃないですか。
ホームを歩いていて、後ろから電車の軋む音が聴こえてくるわけです。
あああ〜電車が来てる〜〜!ふっと思って、ふわ〜っと風圧に巻かれていってしまう、寸前で気がついた。
ほれ、一瞬、電車の中で意識が無くなるときってあるでしょ!経験したことありません?音が一瞬途絶えて、気がつくと人の喋ってる声とか音が、遠くのほうからやってきてるってことに気づく瞬間!
たぶん死の瞬間ってのは、風に乗ってふ〜っといってしまうんじゃ〜ないんでしょうかね。

     

そこへ行くには、欲望の河を渡っていきます。欲望っていう河を渡りきった向こうに、その世界がある。
逃げ場は欲望の河の中。ポルノショップでなにやら買い求める。専門書店でなにやら買い求める。せめてその時間ぐらい、自然体で生きたい〜!っていう感じですね。
恥とかはもう失われてしまって、ただ行動するのみ。

苔の私の文章と写真を読んで見て、嫌悪感を感じたら、まだまだ死にはいたりません。同調するようなら、まだ死のふちへはいっていません。ま、読んで見てくれる人は、まだ生きるエネルギーがあるってことですよ、ね!

死に損なったとき、悪に生きようと思った。

-5-

遠〜い昔のような気がする。疼く心だった。寒風吹く夜の堤防を自転車に乗ってゆるゆるとペダルを漕いでいた光景が甦る。大晦日の夜だった。自分のいる場所が溶解していく。心が宙を舞うような感覚だ。

晴れた日の午後、ふらっとカメラを持って散歩に出かける。見慣れた光景、そういえば50年前にも同じ場所に、同じものがあった。公園の落葉樹。角の文房具店。川に掛かった橋。
公園の落葉樹は、抱えられないほどに太っていた。文房具店は自動販売機に囲まれていた。橋は変わらなかったけれどマンションが建ち並び景観がすっかり変容している。

     

そりゃ〜歳月の中で街は変容するんだ。人間の心だって変容するんだ。だってそうだろ、身のまわりの道具が一変してるんだから、ね。

四畳半一間に何人が生活していたと思う?ボクの家族は4人だったけれど、友だちの家族なんて子供が多くて、押入れをベッドにしていたんだ。

四畳半、ボクはこの広さにこだわる。今年に入って小説を書き出した。その舞台となる部屋の広さは、イメージとして四畳半だね。四畳半の畳部屋。そこに男と女が居て、乳繰り合うんだね。これがお似合いなんだ。

-6-

ゆ〜っくりと時間が流れていきます。いや〜時間なんて区切りじゃなくて、なんといえばいいのでしょう、ただ、ただ、浮遊している、そんな感じがしています。

遠くも近くもなくて、漠と広がる全体がある。精神と云ってるところのものが、妄想を繋ぎながら、ゆらゆらと揺れている・・・。

夢を見ているのかも知れない。何時まで経っても意識が醒めない夢・・・。夢の中の出来事が、体験した出来事のように振舞う、これが苔の私の全てのような気がします。

     

これは危険だ!
こんな状態を続けていたら、からだの命があぶない!
浮遊する精神が、そのように叫んでおります。

そこにも女のいる光景があった。
手首を後ろにまわし、交叉して縛られている女。
前に倒れそうになりながら俯いている女。

夢の中。
もうイ萎えたからだ、苔の私には見ることだけが現実なのです。
とお〜い昔も、直近今も、もう、妄想の中に浮遊している。

-7-

人間ってのは、記憶というものがあるから、いけなんだと思いますよ。そりゃ〜人間特有の持ち物だっていいますが、苔の私にだって、記憶ってのがあるんですよ。これが邪魔してるんですね、きっと。

はあはあと息を吐きながら、高校生がランニングしてる。体操服でお寺の境内をゆっくりと走っている。ただ、ぼんやりと見ていた。

     

パソコンから、はあはあ、ああああ、という悶える声が流れてくる。高校の制服を脱がされた女子があげている声だ。ただ、ぼんやりと見ていた。

あそこの池にさ〜、大きな鯉がいるでしょ!
葦のなかにヨシノボリが住んでるでしょ!
鮎はさ、やっぱり天然ものに限るよね!

兎追〜いし彼の山〜〜小鮒釣〜りし彼の川〜〜〜
なんだか湿っぽくなってきたな〜と思ったら、苔の私は湿っぽいところが好きなんですね。

-8-

ヒト、人、人間、この群れのなかの雄と雌、男と女のお話です。

     

ヒトとは個体で雄と雌がある。人とは二人で支えあう関係で雄と雌が支えあっている。基本的には、このヒト(雄)とヒト(雌)が支えあって人たる動物になるわけです。その組み合わせが、集団することで人間集団。じゃ〜人間というと、人と人の間ということになって、その間は、身体を離れた空間ということになりそうだ。つまり、身体と心という関係でいうと、人間とは支えあうヒトとヒトの間にある心のことをさすといえそうです。


-9-

冬ざれた日曜の朝、心が疼く、じめじめとした土の上に雨が降る。そうすると男と女・・雄と雌または♂と♀。植物本能が疼くんですね。
かって若いからだを悶えさせた苔の私。いまはもう老いてしまったから、数十億年昔の記憶を呼び覚ましているだけになってしまった。

     

-10-

苔の私のおつむのなかは妄想だらけです。そんな妄想を見えるものにしていくと、ここに掲載するようなイメージに近いものが表れてきます。
どうした弾みかこの世に生えてしまった苔の私です。お日様の光にはそんなに強くない。じめじめの日陰がお似合いのような苔の私・・・。


     

-11-

女の子が悦ぶときは、苔の私も一緒に悦んであげよう。というのも、動物も植物も雄と雌がセットになって生殖にいたるんですからね。

     

人間様は、生殖を生殖にしないようにコントロールすることを覚えちゃったから、楽園から追放されるんだよ。セックスを除いて、全てが苦痛だなんて思うハメに陥るんです。

生きる力の源泉は、生命を生み出す行為なのだけど、生命を生み出さない行為に変えてしまったのさ、ね〜!
こりゃ〜ほんと、イケマセンね〜!


-12-

そんなに神様に背いてどうなさるおつもりですか?
いいえ、神様に背くなんてとんでもない話ですよ!
苔の私は、神様のお云いつけをお守りしております。
人間様世界の欲望本能にしたがっているだけなんでございます。
神様が欲望本能をダメだとおっしゃるなら、苔の私は、どのようなお顔をお見せすればよろしいんでしょう?
憂鬱で暗い気持ちでいることが、神様のお気に召すことなんでございましょうか?
決してそうではありませぬですよね・・・・。

     

-13-

どうして神様は欲望を抑えろとおっしゃるんでしょうか?
生殖が聖なる行為であり、生殖を望まない行為は欲望だから我慢せよとおっしゃるのですか?
でも苔の私には、どうも我慢できないんです。信仰心が足りないせいかも知れませんけれど、人の幸福は、身も心も満たされることではないでしょうか?


     

-14-

男と女が一緒にいることで命が生き生きとするとおっしゃいますが、一緒にいるだけでは満足しないのでございます。
からだとからだが交じり合う。交じり合うとは性器が結合することをいいます。で、結合にいたるプロセスが大事なんですね。というのも男も女も、性交の場というのは日常の意識とは違う状態になるんです。身体が先に反応する場合もあれば、気持ちが先行する場合もありますけれど、いわば特殊な状態に陥るわけです。
苔の私としてはですね、この特殊な状態を日常状態にしたい!そのように願望するわけなんです。だってね、喜びの境地でしょ!

     

-15-

こう寒くっちゃ、からだが冷え切ってしまうじゃないですか。
裸のままでいようと思うと、室温はやっぱり25度くらい欲しいですね。それでも体温より10度以上も低いんだ。
セックスをしているときって、体温が本当にあがるんんだろうか?
血の巡りがよくなって、からだのなかがぽかぽかしてくる、ってホントなんだろうか?

     

寒い中では、やっぱり裸にはなれませんね。冬の寒い街路樹の影で、オーバーコートを着たままで抱き合って、そうして冷たい手を肌の温もりで暖めて、お互いの秘所を触り握りあう。
からだは熱っぽくなってくるんだから、やっぱり体温が上昇してくるのかも知れないね。。。


-16-

愛に形があるとすれば、どんな形なんだろうと、想いをめぐらす。いろんな形があって良いんだと思うけれど、ここでは、男と女の間にある形を考えたい。

男と女の間で子供をつくることを望まないセックスがある。人間ってのは、性欲があって、いつでもその気に入っていく。いまこうして、この文章を書いているんだけど、ひとりでセックスのことを想っている。

苔の私は、体力が衰えだし、性欲も衰えるかと思いしや、そうはならない。こうして日々、こんな絵を載せ文を書いているってとこだ。

     

-17-

どうだね、こんな姿にされちゃって、苔の私は、もうドキドキしちゃいます。
人間の世界だけじゃありません。動物も、植物も、子孫を残すためにいろいろと工夫を凝らせます。でも人間世界は、子孫を残さないためにいろいろと工夫を凝らせます。
そのうえ快楽を求めて、男と女が、一緒になってお遊びなさいます。女を縄で縛って、自由を奪って、足を拡げさせたり、お乳を縄で搾ってみたり、そうして男は眺めて喜び、触って喜び、女の苦しむ?声を聞いて喜ぶんです。


     

-18-

さあ、もうすぐお正月だぞ!友子の伸子も、悦ぶんだ、いいな、思いっきり悦ぶんだ!
大学生の友子と伸子は、調教師御室武の指示で、友子はタロウから、伸子は直哉から、えろすの極みを調教されていくのだった。
小説「えろす物語」は、こうして二人の女子学生が、えろすに開眼していく物語だ。

     

身体の奥底に眠ったままだった欲望を、男を通して目覚めさせられる女の姿だ。
男と女の物語は、こうして新しい境地を獲得していくのだ。人間バンザイ〜と叫んでいいんだよ!


<苔の私>終わり



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